紋谷のソコヂカラ

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俳優T

投稿日時:2010/03/28(日) 21:43

スポンサーがCM出稿を手控え、
お金がなく、手間暇かけない、
結果、つまらないものが出来上がり、
視聴率はどんどん落ち、余計にスポンサーは、
お金を出さない。

どこから始まるのかはしれないが、
この負の連鎖、スパイラルは下にむかって、
どんどん加速して、
もうどうしようもないところまできている。

漢字をはじめとするお勉強モノ 
グルメランキング 
綺麗になりましょ 
政治経済批
判モノ などが、
バラェティーやお笑いとひっついて、
低予算、スタジオものが跋扈し、
ひな壇なしの画面を観ないことはない。

どんなに真面目な話でも、最後がひな壇での
コメントになるため、出演している芸人さんや
なんだか芸能人の、人となりだけは、
詳しくなるものの、
肝心のテーマはあまり印象には残らない。

テレビが人を馬鹿にする…
こう言われたのは何十年も前ですが、
最近は表面的な知識が身に着く?という利点は
置いておいて、すべてがインスタントで進行し、
その意味で「残らないもの」を
生み出す温床になっている。

…と、ここまでは、周知の事実。
いまさら僕が偉そうに
言うほどのことでもないのですが、

この現象に関して、僕が少し気になることは、

「テレビの前で家族が揃い、一家の団らんをする」
という生活文化が、いまどうなっているのか?

ということです。

そもそも、テレビの前で…は死語なのでしょうか? 
それともそんな環境(chを変えたくなるという意味)でも、
団らんは、ちゃんと成立しているのでしょうか? 

「いい胸ね … 取って見せたら …○○○○○ 」

「うーん川柳かぁ? ○○○○○を当てればいいんだな…! 
   わかったぞ…
   いい胸ね … 取って見せたら …“いいブラね” …どうだ」 

「正解!! すごい父さん」

「ははは、昔、ちょっとな川柳かじってたんだよ」

「へえ~」 

「◇◇も、覚えるだけの勉強ばかりじゃダメだぞ、
  こういうユーモアを理解しなきゃな」

「は~い」

とか、盛り上がっているのでしょうか? 

…とはいえ、娘も息子もいない僕にとっては、
それ以上の関心事でもなく、それ以上に勘弁して欲しいこと…

それは、

やっぱり、CM収入が賄えない民放各局は、
最近の製作委員会方式の映画産業に乗り出して久しく…

おかげで、映画製作そものもが、薄利多売化してきていて、 
低予算が質の低レベル化を招いているという点です。

低予算でもよいのです。
主役が歌手でもお笑い芸人でもよいのです。
監督が俳優でもよいのです。
もっと言えば、出演者が、
タイアップの番宣に出まくり…でもよいのです。 

…おもしろければ。
…とにかく出来上がった作品が、
おもしろければよいのです。

そうでなければ、わざわざ映画館に足を運んだり 
Tさんにレンタルしに行く意味がないのですから。

そもそもの本業のテレビドラマの質の低下が
先にきているのですから、そんなこと言われても…
というクレームがきそうですが。

それは本末転倒です。
よろしければ、本業回帰…
ここにお戻りいただきたい。

昨年良かったと思えるドラマ、
観たいなあ…と思わせるドラマの少ないこと少ないこと。

最近は、個人的な事情と歳のせいで、
あまりテレビドラマなるものを観なくなっていますが、
それでも、気になるドラマをHDDに録画…
ということはたまにしています。

昨年よかったのは、12chで春の深夜枠で放送した
CXの深夜枠「深夜食堂」ともに原作は漫画。



前者が温泉宿のベタロケ、
後者はスタジオベタ…

出演者も、遠藤憲一、小林薫と、主役のそれぞれ以外は、
あまりギャラの高くない方々で、
そこに深夜枠の自由さが加わり、
作り手も楽しんでいる感じがうかがえた良作品でした。
(湯けむりの、でんでんさんは最高でした)

2時間モノも松本清張ブーム+昭和回顧ブームで、
数多く作られましたが、おもしろいものは少なく、
10CHの「刑事一代」これが素晴らしかったくらいでした。



民放が体たらく…ここぞとばかりに
NHKが攻勢をしかけているのが笑えますが…
うれしいです。

それでも、最近の、「ざらつき 暗め 画面」の
オンパレード(ハゲタカあたりからか…)は、辟易です。
大河も観ていません。やはり福山=竜馬は違和感で、
ほかの役者が一生懸命になればなるほど、
浮いて見えてしまうのがどうにも…
でも、ここのところは好き嫌いレベルの蛇足です。
はい。ごめんなさい。

一生懸命といえば、香川照之さんの 
出まくり状態はすごいです。
「坂の上の雲」
(これは良いドラマ こっちを大河にして欲しかった)
「竜馬伝」…「ディアドクター」
「20世紀少年」「カイジ」「沈まぬ太陽」
「ゴールデンスランバー」
…そのすべてで存在感、すごい役者さんだなあ…と思います。

その天才香川をもってしても、
どうしようもなかった映画…「○○」。

それが、今回のテーマ 「俳優T」の存在。 
… ここままでの、どこかで聞いたことのある話は、
このTの話がしたいがための 前フリなのです。

前フリ長え~ まだるっこしイ~ ふざけるなあ~ …(笑)


◆◆◆

僕はこの「俳優T」が苦手です。
はっきりいって、サヨナラして欲しい。

それはなぜかと言えば、彼(男なのです)が出演していると 
どんなに良い作品もよくて3割、下手すると5割 
つまらなくなってしまう…という効果の持ち主だからです。

映画のお初デビューは 20年くらい前ですか…
あるコミックスの映画化 ちょっと変わったスポコン+恋愛モノ 
高校生の主役二人は別にいて、彼は準主役。

以来、数多くの映画に出演、
…90’の岩井俊二の映画あたりがきっかけで、
その起用方法が確立されてしまい…なんだか、
アナーキーで今風の空気感の代名詞的な存在になり、
主役扱いがどんどん増えていった役者さんです。

もちろん、中には、映画自体の出来が
すばらしいものもあるのです。
…でも、しかし、そのほとんどは、
「ただのなんとなく作った、雰囲気よいだろう的な凡作」

その原因は、もう紛れもなくこの「俳優T」の存在。

素人が演技についてとやかく言うのはなんですが、
台詞は棒読み ぎこちない動き 凡庸な顔つき…そのすべてが 
作品自体をグレー色に包んでしまうのです。

去年、ある大御所の監督が彼を起用することとなり、
その演技を見てこう言ったそうです。

「キミ…そのままじゃ駄目だよ もっとなんとかしようよ」 
…と。 
そうなんです
なんとかしてもらいたいのです。

しかし、その映画も 
ほんとうに日本を代表する女優さんをはじめ 
出演者みんな芸達者なのに、彼が出ていることで…
駄作となっていました。

どんなに緊張感があるシーンでも、彼が演じ 
喋りはじめると…とたんに白けてしまう。
ある意味、すごい効果です。

先の天才香川さんが アカデミー助演を獲得した映画も、 
お金をかけ、時間をかけ役者も揃え 
原作もよく撮影技術も最高で、 
どうやってもよい作品になるだろうという
下地のしっかりしたものでしたが…これまた…彼のせいで
…陥落 没落 都落ち…でした。 

まことに残念です。

こうならうと、演じる方も演じる方ですが、使う方も使うほうだろ…と思うのです。

この映画などは、そもそも監督は彼をよく知らず、
その前に観た“モンゴルの大地を馬で駆け回る役の彼”を見て、
こういう過酷な撮影に耐えられるなら、
今回の僕の作品に出てもらおう…となったらしいのですが 
そもそも、この映画、モンゴル人役の彼は、
台詞をほとんど喋らない設定なのです。

そういう安易なキャスティングが、
監督本人の、後の身の不幸を招くとは、
思いもよらなかったのでしょうが、
そういうことでは困ります。

別に、ひとりの役者がどうでもこうでも、
そんなことは、そもそもどうでもいいのではないか?

ごもっとも…と言えないのです。 
だって、本当は良い作品を、彼のせいで台無しにしてしまわれたら、
他の役者さんも勘弁して欲しいはずであり、
観客は離れ、映画文化の質はさらに落ちてしまうのです。

見過ごすわけにはゆきません。
頑張っている役者さん、映画を楽しみにしている観客のためにも、
ここは敢えて僕が言います。

「Tさん 引退してください」 

もしくは 

「演技をもういちど、イチから勉強してください」 

お願いします。

…しかし、悲しいかな…小さな庶民の声は届かず
…彼は映画に出続けている。

サムライミがあきらめ…巡って 
クラウディアシファーの旦那が監督することとなった
「ソー」にも出演しているらしい…
世界が認めた 
…とか付けて紹介するのだけは勘弁してほしい。

とひそかに願うくらいしかできない自分がくやしい。

ハリウッドが出たので 
最後に本年度の米国アカデミー作品賞 
「ハート・ロッカー」を観ました。

途中で、映画館を出たくなりました。

「かつて、ヴェトナム映画がそうだったように 
  アメリカがイラク…アフガンから完全に撤退し
  …なにも解決していないというところまで時代が進み、 
  …生み出されたさまざまな悪夢が、歴史として
  国民の感情の中に消化されたのであれば、
  かのディアハンターや
  キリングフィールドのような名作が、 
  きっと生まれるに違いない」

と、いかにも映画通のような小癪なコメントを送ります。


春と修羅

投稿日時:2010/03/15(月) 15:33


どうも調子が出ない 
これは春のせいであります。

大きな地震が立て続けに起こったり 
こころ根の優しいミュージシャンが
不当薬物の使用で検挙されたり

クライアントからバグのクレームが相次いだり 
朝から猫がにゃあにゃあうるさいし、

治してるんだか広げてるんだか知らないが、
「ここも工事中かよ!?」で、
ヘルメットから覗く顔は、
どうみてもアラブ人で、
「ドウシテ ワタシ ココニイル?」
って顔しているから 
文句も言えないし、

強風で飛ばされた隣の家の洗濯物が、
僕の車の上に引っ掛かっていて、
それが女性の下着だったりで…

「返しにゆくもゆけないじゃないか!」
…だったり、

久しぶりに電話が来たと思ったら、
「おれさあ…この年でさぁ、営業に逆戻りだってさ 
  事務のパートのおばちゃんだけのさあ
  …そこの所長…どうよ?」 

って、「…で どこ?」「四国」「四国のどこ?」
「香川?」「香川…いいじゃん」「香川ってなにがあるの?」

…だったり。

そういうこと全部が春のせいであります。

師走、年の瀬は「よし、今年も残りわずか  うんうん 
自分…それなりに頑張った よしよし 来年も」

と、どちらかと言えば、前向きに振り返り 
前向きに目指す そんな風な心持ちになれるのに、

この年度末と言うのは 
どうも 気が乗らない 。

それなりに忙しいのは当たり前、
でも、どこかなんだか、どうにも上の空、
それでいてあせる 
そんな感じの時期ではないですか?

僕だけか。

この季節に起こる 
マイナスな出来事は、
ぜんぶ“春のせい” にしてください。

僕のせいでも あなたのせいでも 
猫の発情のせいでも アラブのせいでも 
現場知らない社長のせいでも 
ありません。

「春のせい」 なんです。

以前にも触れた気がしますが(忘れたのも春のせい)、
自然界は寝ているのです。
起きるのは、梅雨の始まりから…

人間程度が がちゃがちゃしても、
大きなメカニズムが「寝ている」ことを要求して
いるのですから、

うまくゆくこともゆかない 
そんなことな当たり前。

歯ぎしりしながら 
行ったり来たり そういう季節。

四月の気層のひかりの底を
唾しはぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ

宮沢健二の心象スケッチの 
この一文が好きでした。

※というか序文などは難しくて、中学生の僕には理解不能

まわりはなんだか浮かれているけど 
ちょっとまて 自分の今はどうなのか?

そういうことを立ち止まって考える 
そういう時間を少しでも持つ 
そんな示唆 そういう季節なんだとも、
思う訳です。


「○○を考えると ○○がベスト ○○から進めてゆこう 
  でも○○の部分はファジーだから 進めながら解決」

はいはい。そうです そんなことばかりです。 
それはそれで やんなきゃならない
ことは ちゃっちゃとやりましょ。

その流れの中でも 
まてまて「春にだまされてないか?」と 
もう一度 振り返る 

「おい! 春なんだから 気をつけろ」
「えっ? なんですか?部長?」
「いいから…それでいいから。
 でもな…春なんだから 気をつけろよ…ニッ」


■■■

「96時間」 という映画がおもしろいです。



リュックべッソンが監督も役者もしないで 
製作と脚本に関わってる“だけのおかげ”かもしれないですが、
とてもおもしろいです。

アクションものです。

元CIAです。 
最愛の娘の誘拐事件です。

東欧人の売春組織(※) 
相手のロンリーウォーズです。

※去年の翻訳本で大人気でした「ミレニアム」
の2でも題材でしたが、いま、旬なのか?

こいうと…
「ああ…なんとなく想像つく」
とか思われるでしょうが、

その、あなたが瞬間に抱いたイメージより…
3倍は 確実におもしろいです。

主演はリーアム・ニーソン 
※シンドラーの所長 スターウォーズのジェダイの騎士 
でもこの映画での彼は ラブアクチュアリーの妻を亡くして
義理の息子の小さい恋のメロディーを応援する
父さんのイメージが一番近いです。
役柄はぜんぜん違いますが。

大箱でのロードショー大作に比べてプログラムピクチャー
(娯楽もの、早撮りの低予算という意味に使われますが、
 もともとは違います。説明すると長くなるので
 便宜上ここではそういう意味で使います)

の匂いがムンムンしますが、
なかなかどうしてまったく飽きずに 
引き込む力のある展開です。

CGはゼロ 
リーアム・ニーソン体当たりです。 
彼でなければここまで雰囲気でなかった映画。

ハリウッドがブルースウイルス使って作ったら 
ぜんぜん駄目になってしまう話しであります。

「24」のシーズン1を
「240時間くらい」かけて観るより

「96」を1時間半くらいで観る方が 
 おもしろいと 

…われながらおもしろいことを言うなあ
…というくらいおもしろいです。



「春のせいってだけじゃあ 
 このもやもやは晴れんなあ~」

とお嘆きの週末などございましたら 
ぜひ。


紋谷塾

投稿日時:2010/03/01(月) 16:17

父、母ともに学校の先生という家庭に生まれました。



友達30人いれば、そのうち1人は…
「両親ともに、教師なんだよね」…
あまり珍しくもないのでしょうが。

昭和30年代後半から40年代が僕の思春期(笑)。

田舎町のことで、どこに行っても
「もんや先生の息子さんかぇ」と見られるから、
どこに行っても、もんや先生の “息子さんらしく” 
していなくてはならない。

…別に「ならなくてはいけない」
わけではないのだけれど、
本人はそういうプレッシャーを感じていた。

小学校の家庭科の授業で、担当の先生がお休みで、
代理で母が教壇に立ったときはしんどかった。
こういうことはあってはならないと、思った。

町内の小学校が集まっての水泳大会、
200mのクロール競泳、スタートの飛び込み台から、
別の小学校の代表を引率している
父の姿を見た時は、体が硬くなった。
結果の惨敗は…ハズかしさばかり残った。

中学の写生大会で、どうみても友の作品の方がよく描けていたが、
僕の絵が入賞してしまった時…
美術の先生が父と仲が良いことで、勘ぐってしまった。

高校は、町を離れた新設校…しかしここでも、
「オマエの父さんは足が速かったんだよ」と
陸上部の教師に言われた時は…まだ
“らしく” あらねばならないのかと  ため息をついた。

直接、話した訳ではないが、
学年が3つ下の弟は、“こういうこと”で、
同級生にからかわれることがしばしばあったようで、
将来、「教師にはならない」と
早々に進路を決めたらしい。

自分に関して今にして思えば、
思春期のこういうプレッシャーは悪いものではないし、
プレッシャーがあったからこそ
出来上がった僕の人格…嫌いでない。

面と向かいはしないが、
両親はどこかで「同じ道」を求めていたと思う。

僕自身も、“自分に向いているのでは?”と
どこかで感じてもいたのですが、、
専門分野を極めて、それを他人に教え、導く…
ということ、特にそれが学校という職場で、
子供たち相手…となると、
まだ自分こそがなにものでもない子供なのに、
「教壇という一段高い場所に立っていいものか?」
と考えてしまった。

頭もなく、勤勉でもなかったことは言わずもがなで、
教職課程はとったものの…結局
「教師の道」は選ばなかった。

職業=教師ではなかったが、いくつかの職場を経て、
けっこうな歳になり、人を管理(やな言葉なので訂正)
…上司などと呼ばれ始めると必然、
「他人を教え導く」ことになる。

なんだ、結局…そういうことか。 
職業はどうでも、歳を重ねていれば、
若輩に何かを伝えることになる。

すこし、偉そうにいえば、
それが「先に生まれたものが唯一出来ること」
ではないかと思う、
そうではないと先に生まれた意味はない。

算数は教えられないが、PLとBSは説明できるし、、
ユーラシア大陸の明確な境界線は知らないが、
キプチャク草原の遊牧民の暮らしは説明できる。

人に聞いた話でも、米共和党の現在のスタンスは、
なんとなくは分かる、…が、
歴代の大統領の名前を列挙は出来ない。

憲法十五条を諳んじることは出来ないが、
在外邦人の選挙権裁判を傍聴した話し…は、出来る。

もっといえば、石垣島のキャバクラに集まる
「ないちゃー娘の心情」について1000ワードにまとめろ…
と言われれば出来る、
…だれも言わないだろうが。


根津にある、お花屋さんに関わって、
もう1年半ほどになる。

もともとは、お見舞いに来てくれた同社の社長に頼まれ、
退院したら手伝いましょうということから始まった。

お花屋さんと言うと、“お店”を想像するが、
彼の会社は店舗経営だけでなく 
温室で管理した観葉植物を一般の会社に
レンタルしてメンテナンスしたり、
植栽やガーデニングまでも行う。
ネットで花束の注文も受ければ、
会社の表玄関に鎮座する
クリスマスツリーも施工する。

創業から10年、今までは彼(社長)が引っ張ってきたが、
これからは新しいリーダーを育ててゆきたい。

…そんな理由で頼まれ、月に2回、
各部署から人選した10名弱を対象に、
会議室で塾を開いている。

塾の名は…「紋谷塾」 

ずいぶんと偉そうなのですが、
僕が命名したのではない。

大きなポイントは
「典型的な労働集約型、内向きな仕事のスタイルからの脱却」

さっぱりと言いきると、
「花と植物は育てられるが、人に対してはからっきし…」
そんな集団に活を入れる仕事。

まことに真面目で素直でよい子たちに、
「おい それじゃ駄目」と叱る、
なんだか嫌な役目ともいえる。

部署のひとつ「園芸部」などは、
一日中配送の仕事をしている…トラックで二人…
納品とメンテナンス…
この日常に、なにが出来るのか?

「制作部」はネットなどで受けた、花束の制作に明け暮れ、
時に、納品した先へのメンテナンスに出かける…
この日常に、何ができるのか?

まずは、各位部署、各人の仕事の内容と会社への意識について、
いろいろな方法でアプローチしてみた。

たとえば、

「先日、根津に越してきた、おっさん」と題し、
道で彼と会って立ち話しとなった。

あなたはこの会社の社員として、
そのおっさんには“どんな商売のニーズがあるのか
”会話から引き出してみて欲しい”。

その上で、改めて、会社の商品やサービスを提案すること。

そういうプログラム。

おっさんには、個人の趣味にはじまり、自宅の環境、
奥さんの仕事、自身の会社の業務内容や規模…など、
引き出し方によっては、
会社の商品やサービスとリンクするニーズが
どんどん出てくるように、
事前にプロフィールを用意してある。

おっさんの役は僕が引き受け、
僕は聞かれたことにしか答えない。

つまり、引き出しが甘ければ、出てくる情報は少なく、
また、どこまでイメージできるか次第で、
その中身は広がるという仕掛けだ。

ヒアリングは2人ひと組…
部署の違う相手と組ませる。 

ワークをさせ、提案はみんなの前で…共有し検証する。

ポイントは「答え探しにならないように」

「その日の新聞から、会社の事業に関係する事件をピックアップし…
 当事者、マスコミ、自分の会社、そのへんお主婦…
 などさまざまな視点で見たら、この記事はどう感じるか?」

なんてこともやった。

固定のプログラムは、各人の2週間(月に2度なので)は、
毎回、事細かにレポートさせ発表させる。

日々の仕事の中に、すべての答えはある…からそこは念入りに。

1回の時間で、必ず宿題を課す。約束事もする。

次回、出来ていないことには、特に注力を注ぎ、
その原因を自覚させ、改善の手法を伝える。

特に、部下への関わり、業務改善はもちろん 
新たな「仕掛け」への意欲や着手につながることは
拾っていこうという主旨で。

僕自身、学生時代、造園会社でバイトしていたこともあり、
配送の経験も少しあったり、母の影響で“花”は好きで…と
まあ、その程度のことで、
彼らの仕事の細かい部分(知識やスキル)…
を直接教えることは出来ないし、
餅やは餅や…でそのあたりは僕の範疇ではない。

1年が過ぎ、痛感していることはたくさんある。 
もちろん反省ばかりなのですが、
それでも彼ら彼女ら相手に真剣に関わることは、楽しい。
僕が楽しくても、彼ら彼女らの成長になっていなければ、
意味はないが、まあ少しは
貢献しているのかなあ…と思う。

へりくだっているようだが、正直な感想。 

そうそう簡単に人は変わらない。
変わることを信じなければ、
出来ないということも真理ですが。


今年度、はじめて新卒採用を行うことになり、
最終の面接もいくつか担当させていただいた。

泣かせてしまうようなこともあった。 
たとえ不採用になろうとも、
何かお土産を持たせてあげたくて、
真剣に対峙してしまう。

2年目を迎え、「塾生」も何人か入れ替わった。 
あえて持ちあげることでもないが、
社長の「進もうとする意志」が好きだ。


「三つ子の魂百まで」「スズメ百まで踊り忘れず」

思えば、父や母の時代は、職業の選択は…出来なかった。
転職なんて、ありえない考え方だった。

公務員にしては、言わずもがな。

そもそもは、教師という職業を「好きや嫌い」で
選んでいなかったのかもしれない。
(聞いたことがないのでわからないが)

それでも、「人に教える以上、自らが範となれ」
という生き方であったであろうし、
それを子供に課すのは当たり前のこと。

僕や弟が、勝手に感じていたプレッシャーとは
次元が違う話しだ。

魂や踊りを明確に習った覚えはないが、
日々の生活の中での在り方は、教わっていて、
子供と言うのはいくつになっても、
その教えから抜け出せぬものなのだと思う。

歳を重ねれば「誰もが教師」
のようなことを言ったが、
僕の場合は、とくにそういうことが苦手ではないらしい。

結果は置いておいたとしても、
好きこそ…であり、そういう性癖は、
やはり受け継いだものとしか思えない。

それでも、僕のような大人は、
教師ではなく塾長なのでしょう。

教育委員会や指導要綱などは 
くそくらェと嘯き、
表面だけのパワハラな親御さんには説教をして、
無能教師の烙印で放逐…
そういうことになっていた気がしますから。

旅になにを求めるのか

投稿日時:2010/02/19(金) 18:41

今までいろいろなところに旅をして、
振り返ると、1度で十分と思う場所もあれば、
もう一度来たいなあ…と思える場所もありました。

中には、住みたいなあ…とまで
惚れ込んでしまう場所もある。

ただ、まだまだ行きたい場所、行けてない場所は、
数多く残っていて、人生、限られているし、
旅ばかりしているわけにもゆかないことも考え合わせると、
“初めての場所”にチャレンジしたい思いが、
一番強いのが本音のところです。

ちなみに、海外で恋焦がれている場所は、ギアナ高地。

べネゼエラの首都、カラカスから飛行機を2度乗り継ぎ、
カナイマへ、そこからボートと徒歩で4時間、
さらにジャングルに分け入り1時間…

その先にある「世界一高い滝-エンジェル・フォール」。
現地の部族の言葉、ぺモン語で「アウヤン・テプイ」
(悪魔の山)と名付けられた霊峰から、
この滝は流れ落ちていて、植物さえ生えていない
赤黒い岩肌の頂上から降り注ぐ…
その高さ2000メートル。

水源は、山頂に降った雨で、落差がありすぎて、
落下途中で水が拡散して滝つぼがない…と、
こんな滝にぜひとも出会いたいと思っている。

ちなみに僕は、いわゆる世界遺産的なものに
あまり興味がない。

旅の途中に、寄ることはあっても
「そこを目指しての旅」というわけではなかった。

世界規模で残すべき “遺産(この意味が今ひとつ分からないのだが)”
と認定されているということはすごいことだとは思うのですが、
そんなことより、インドの汚い木賃宿で、
街の雑踏の中に身を置き、そこに暮らす人々を日がな眺めていたり、
ガイドブックに載っていない、フランスの田舎町を自転車で
ふらふらしたりしている方が、性に合っていた。

特に「ボーダーな場所」に強く惹かれていて、国境の町、
異文化が混じり合うなんとも言えない空気の感じが大好物でした。

島国に生まれたせいもあるのかもしれません。

振り返れば、日本(笑)…なんだ、まだまだ知らないではないか。

いつ叶うのかもわからない、でっかい滝への旅は、
ひとまず目標に置き、その前に、身近な日本を少し探訪してみよう。
最近、そんな思いが強くなってきていました。

日本で未だ行ったことがなく、惹かれている場所と言えば、
島根、鳥取の山陰エリア、和歌山と三重、
そして青森と鹿児島であります。

はじめのふたつは、いわゆる大動脈から外れていることもあり、
なかなか訪れる機会がなく、本州の最両端エリアもさずがに
行こうと思う計画を立てないといけない場所。
海外ならばボーダー好き、島国日本では
替って「端っこ」「隅っこ」が好きということみたいです。

そういえば昔から飲み会の席も隅が好き…性格なのでしょう(笑)

そんな折に、仕事で関西に行くことになった。
日程は僕任せということもあり、こういうチャンスは逃す手はない…
同行するライターの両名に話を持ちかけ、
山陰エリアへ足を延ばすことにした。

おっさん3人旅。

ひとりは、以前も紹介した
「旅のおもしろコラムニストの宮田氏」
もうひとりは
「うちにお掃除に来ていただいていることで有名?な篠塚氏」

ちなみに篠塚氏は、情報誌の取材などで日本全国を旅しているうえに、
軽い“鉄”でもあります。
日程と宿の手配は彼任せ。

宮田氏は、仕事で四国お遍路の取材を終えたばかり、
篠塚氏は確定申告と引っ越しに忙殺されている最中、
忙しい合間を縫っての旅、
それでもせっかくの旅ですから
なにかおもしろい仕掛けを…となり、意気投合。

宮田氏から
「次は、“迷路な温泉”のコラムを書くつもりなので、
 旅館はそういう場所を」との提案があり、
鳥取、島根の宿を選定。

僕からは、まず姫路城の下で集合しましょう。
そこで別れて、お互い好きなところを巡り、
翌日、鳥取の温泉で集合、
翌朝また別れ、お互い別々に…で、
夜にまた島根の宿で集合…と提案。

旅慣れた上に、わがままなおっさん連中、
「よかろう」となり、そんな珍妙さが持ち味の企画。

…ついでに変わった石を拾って見せ合う…
なんてことも追加される始末に…
ヘンでしょう(笑)

こういうことを楽しめる面子と旅行できるなんてことは、
なかなかありません。

この旅の模様は、後日、宮田氏で紹介されることでしょうから、
詳細は…そちらをぜひご覧ください。

“僕の”旅だけに限れば、かなり充実した旅となりました。

まずは、初の姫路城、世界遺産に興味は…と言いましたが、
いやあ、よい城でござった。

スケールもさることながら、デザインがモダンなのです。
旅の途中、松江城にも訪れたのですが、
比較すると申し訳ないくらい…

よきかな よきかな 白鷺の城。



今年、天守閣の改修工事に入るらしく、
その前に観ることができたのは誠にラッキーと思える城でした。

姫路から山陰へのルートはさまざまあり、迷いました。

実は、山陰に行きたいと思っていた理由のひとつは
「餘部の鉄橋」これが観たかった。

…その意味では、兵庫県を北上し、城崎温泉を経て、
山陰本線を西に…
というルートなのですが、なにぶん遠い。

せっかくの姫路でしたので、
少し、西にある「竜野」にも寄りたく…
迷った末(餘部鉄橋は今年、秋までは観られるという情報もあり)、
北上ルートは断念して、
倉吉まで一挙に行ってしまおうと決めました。

このあたりは、3人それぞれ、
自分が好きに出来るというところがよいのです。

竜野は、寅さんのロケ地ということで知っていましたが、
祭りの武者行列、童謡「赤とんぼ」、
宮本武蔵の修行の地…とかいろいろ有名で、
ほっこりとした風情と歴史を感じる町、
カメラ片手にひとり散策にはもってこいでした。



その意味では、翌日の倉吉は、
それ以上だったかもしれません。

姫路から2時間で行けてしまうので、
早めに出かけて、第一集合場所「三朝温泉」に入るまで、
ずーっとぶらぶらしていました。

観光地化という意味では、竜野の素朴さはないものの、
それでも、町を隅々まで歩くと、そこかしこに
懐かしい景色が散らばっていて、
文字通り、時間の経つのを忘れてしまい、
ついでに足の痛みも忘れて…なんと4時間
もぶらぶら。

天女の壁画を中心に広がるこの町、
お醤油蔵の赤レンガや江戸風情の白い土塀…
東西に流れる堀川脇には、突然 バテレン調のお寺…。

背後の山の中にある長谷寺に思わず登ってしまって、
途中の長い石段で後悔…
それでも山深い中に響くお経には痺れました。

翌朝、三朝温泉から松江に、
宍道湖を回る「一畑電車」で出雲~出雲大社へ

スピリチュアルスポットとしても有名な出雲大社でしたが、
やはりこういう威容は、僕には興味がないと改めて感じ、
それでも一面の霧の風景の宍道湖を眺めながらの、
在来電車の乗り継ぎはなかなかに愉快でした。

途中、地元のおばちゃんや高校生が、乗ったり降りたり…
そういう日常の風景が楽しい。



世界の遺産「石見銀山」には興味がなかったのですが、
泊った温泉地「湯の津」にある2件の公衆浴場は、
最高でした。

こちらを世界遺産に…僕なら認定します。

「元湯」は朝の5時からやっていて、地元の人の交流場所。
鉄分が強く、湯船の脇は茶色のグラデーション…、
溶岩が溶けだしたような感じに…

天井は高く、木枠で囲まれた湯殿は狭く、
中には地元のおっさんが5,6人…
ゆっくりくつろぐ感じではなかったし、
写真もはばかられましたが、
それでも「ああ~いい湯」とおもわずポロリ口に出る。

朝は濁っているお湯が、閉める頃には人が入る空気のせいで、
透明になるそうです。
着いた夜に入ったのですが、番台から
「朝もう一度おいで、このお湯は朝がいいのよ」と声をかけられ
翌朝、もういちど入る…

違いはわからなかったのですが、
毎日来るという近所のおじさんの話では、
この風呂は朝がいいんだよ…
と同じようなことを言っていました。



土が良いらしく、山の隙間にあるこの温泉町を少し登ると、
陶芸の里(窯元は3つ)があって、
10段15段と日本でも有数の大きさの登り窯も見られます。

寒くなり、あられ混じりの雨の中、
この陶芸の里に顔を出し、出雲に戻り空路大阪へ、
山陰があまりに楽しく、お湯に当てられ…
翌日からの仕事は上の空でした。

たかだか1回では語りつくせぬ深さを感じた山陰。

次は兵庫北上ルートか 
広島から上がろうか…

またぜひ来たいと…

そういう旅の紹介にありがちな終わり方でございます。

ブランコな話し

投稿日時:2010/02/08(月) 21:33




目の前の公園に朝晩顔を出す。
ほんとうに目の前なので、“行く”という感じではない。

体力を戻すために、ここで体を動かしている。。

先日来、公園はその敷地の半分が、
立ち入り禁止になっていた。

どうも、遊具のリニューアルらしく、
工事中は子供が入らないように
立ち入り禁止の柵が張り巡らされている。

そもそも、こじんまりとした公園が、
余計、小さくなってしまい、
真面目にリハビリしていて、
公園内を愛犬と走るボクにとっては、
いい迷惑でありました。

毎日、毎日、進んでいるか、
いないんだかの進行具合でしたが、
今朝、行ってみると、工事は終わり、
立ち入り禁止の柵は取り払われていた。

新たに登場した、ブランコと鉄棒

…これだけかい? 

と思わず突っ込んでみたが、
まだ、出来たてのほやほや、早朝のことでもあり、
たぶんこれを目にしたのは僕が第一号。

せっかくだから、座って遊んでみた。 

… 

特に感慨もない。

小さいころの思い出も…特に浮かんでは来ない(笑)…
志村喬の胸中でもなく…ただ、行ったり来たり… 


◇リハビリと言えば、昨年、帰省の折、
母が通う地元の病院に 迎えに行った時のこと。

「ワタシのリハビリのセンセイは、お兄ちゃん
(僕はこう呼ばれている)の高校の同級生よ」
と言っていたことを思いだした。

モノのついでと、病院のリハビリセンターに顔を出す。

部屋の入口の扉の脇に、
スタッフの名前のプレートが貼り出されている。

…ふどれどれ…やつの名前はあるかな? 
!室長?…室長かぁ~!!

せっかくだから、入ってみる。

「○○さんいますか?」

「…室長は、隣のリハビリルームに…」というので、
 センターからつながるリハビリルームに向かうと、

中では、大勢の患者さんがリハビリの最中。
その中央に…いたいた。

「おーい ○○!」
 振り返る○○ …怪訝な表情?? 

それもそうだろう、30年ぶりの再会。

「もんやだよ」というと
「!!おおお~!」と笑顔に。

この○○とは、高校時代、学校の廊下で取っ組みあった。
彼についてほかのことは思い出さないが、
この取っ組みあいだけはよく覚えている。

「おいもんや …おまえのスリッパ、
 女子便所に投げてやったぞ!(笑)」

「なに!!ふざけるな!」という取っ組みあい。

どうも○○は、高校イチの美女と日曜日に映画を観にいったという、
もんやの自慢話しが気に入らず、頭に血が登ったらしい。

(高校イチの美女??…というところ…ここは気にせず、
 先に進むところです)

この○○…いわゆる直情型。 
ガタイもデカイが態度もデカイ。 
そんな彼が、母のリハビリ。

女子便所にヒトのスリッパ投げ込む奴が
…母のリハビリ。

…人は変わるのか…

「母がお世話になっています」
初めこそ、丁寧にごあいさつ申し上げたが、

リハビリルームにいる全員が注目しているので…

「この○○はねえ…昔、僕のスリッパを、
 女子便所に投げ込んだ…そういう奴なんですよおお!!」

と大きな声で、みんなに紹介してやった。 

「!!おい…やめろ 勘弁してくれ!」 
○○は顔を真っ赤にしている。 

…君は変わろうとも 僕は変わらない…


◇変わらない性格と言えば、どうもボクは、
他人に迎合するのが苦手だ、面白くないのに笑えない、
可愛げのない奴だとよく言われてきた。

大人になってもその性格はいっこうに改善しない。
そもそも直す気もない。

銀座で商売をしている時も…そう。
しかし、商売には不向きのようで、

「もんやさんのお店は…なに屋さんなんですか?」
と聞かれても、

「もん屋 …です」と応えていた。  
別に、和食でもイタリアンでもなんでもいいではないか。

要するに来ればわかる。
そういう、キャッチーな感じは好きではない…
とこういうスタンス。

ひねくれているわけではないのだが、
どうも、表面上の会話が、出来なくて…。

だから、初対面の方には「こわい」
という印象を持たれることが多い。

先日、手伝っている会社が創業以来はじめて、
新卒を採用するということで、その最終面接を頼まれた。

堅実経営とはいえ、全国的に名の知られている
会社でもないのに、エントリーシートは
2000通を越える応募状況。

採用枠は全職種併せて8名…
その最終面接だから心して臨んだ。

採用活動は、昨年からこの会社の一大業務として進んできた。

担当の社員たちが、なれない仕事ながら、
1次から一生懸命に選んだ末に、どうしても判断がつかない…
そういう応募者たちが中心の面接。

中には、最終面接に至る以前に、落とされたが、
その後も、どうしてももう一度、僕の熱意を聞いて欲しいと、
長文の手紙を社長に送りつけてきた学生もいる。

時間はひとり1時間…志望動機の先に、
彼、彼女の本音を見極めようとすると、
自然と言葉はきつくなる。

「…高校の野球部では 後輩になどう思われていた?
 …なるほど、面倒見がよいのは、なぜ?
 …甲子園に出場しているんですね
 …みんなでなにかを成し遂げるということは
 …好き…ひとりで黙々と…というのは?
 …営業となると、たとえば飛び込みなんて仕事は、自分ひとりで
 …自分に負けてはいけないのですが?
 …根性はある?…あるといわれて、はいそうですか…と思えない。
 思わせて欲しい…」

などと、答えに窮する質問を矢継ぎ早に投げかけて、
その返答と態度をじっくり見てしまう。

…後日、内定式で この彼を含め 何人かと話した。 
面接を終え、正直、手ごたえは感じたか?と聞くと…

「自分に足りないところが、なにか考えてしまいました」という返事。 
いまどきの若者はどこまでも真面目だ。

…しかし、そう応える彼の目は、おびえていた。 

社長宛にメールを送ってきた学生から、
またメールが届いたらしく、文面を読ませてもらった、

かなりの長文…その中に、
僕がこわかった…と2度も書かれていた。 

幸運を祈る。


◇面接といえば コミュニケーション力…とよく言われる。

先日、NHKで“言語力の低下”についての番組を観た。
要約すると、日本人の「奥ゆかしさ」は「察してくれ…」に通じ、
物事を正確に、早く伝えられないことにつながるらしい。

番組では、世界一の言語力を持つと言われる、
ドイツの学校教育について検証し紹介していた。

ドイツでは小学校の頃から
「自分の言いたいことを、相手に伝えるための」教育が盛んで、
たとえば、教室に抽象画を持ちこみ…

「この絵はなにに見えるかスピーチしなさい」
と先生が尋ねる。

答えは、簡潔さを求められ…またこの投げかけ問答には、
「ほかの子と同じ答えはしてないけない」というルールがあり、
児童たちは、指されたら、瞬時に判断して答えなければならない。

先生がある単語を言うその単語に連想した単語を 
ノートに1分間、思いつく限り…書く、
次に指されたら、その書き連ねた単語をすべて使って、
これまた1分間でストーリィをつくり、発表する。

こんなカリキュラムは高校生の授業。

…おもしろい試みだと思い。
早速、先の会社の社員研修に取り入れてみたりした。

ただ、このやり方では、言語力は身につくかもしれないが、
それが即、カンバセーション上手とはいかない。

会話のできる人間のもっとも優れた点は、
単語やセンテンスの量はもちろんのこと、
相手の気持ちを察する、
そのための知識や経験にあると僕は信じているので、
その意味では「察する」という感性はとても重要です。

そして、この察する…は、
歳を重ねるとかんたんに出来るようで、
なかなかそうはいかない。

別のチャンネルの看板番組のひとつ…

村上龍が投げかけた…相手は
王将フードサービスの社長 

「好業績の秘訣は?」 

そして、村上氏はその質問の後に、
“察し”て、社長の返事を待たずに、

「…ああ、愚問でしたね…“安くてうまい”…それにつきますね」
と言った。 

少し考え、社長は答える

「いえいえ “うまくて安い”んです」

インタビューアーの手慣れた引き出し術はさまざまあれど、
相手の本音にコミットするのは、簡単ではない。


◇餃子と言えば、
「外はカリカリ、中はジューシー」
…おいしい形容詞がこれだけというのは、どうしたものか?

と、このようなことを
永遠の命題のひとつと考えているのは…
僕だけか?

馬鹿のひとつ覚えとしか思えないが、
ではかわって何かあるかと言えば、
特にないのだが、

それでいて、いつの時代も大人気という
商品であるから大したものだと思う。

形容詞なら、チャーハンはもっとシンプル…

「お米がパラパラで…」しかないのではないか。

それはもう、鍋を振る行為の問題で、
厳密にいえば、おいしい形容詞ではないではないか。 

しかも、世の中チャーハンだけをオーダーすることは少ない、
チャーハンに…そう!…餃子をつける、
チャーハンの立場からしてみれば

「オレだけじゃ、不満ってことね」という気分だろう

しかも、「あっ…半チャーハンにして」と…こうなると、
もはやチャーハン+餃子定食ではなく、
餃子+チャーハン定食である。


…と 真新しいブランコで行ったり来たりして、
ぼんやりと考えてしまった。

ブランコは、何事か考える際には…もってこいだ。 

考えたくなくても考えてしまう
乗り物かもしれない。

そういうことか…志村喬。 

そろそろお腹が空いてきたのと、
いつの間にか、目の前に女の娘がいて、
僕のことをなんだかじっと見ているので、

このへんで、さようなら。

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