紋谷のソコヂカラ
知らずに死ねるか VOL.3 [知らずに死ねるか!]
投稿日時:2008/08/19(火) 09:59
~ ナナちゃん ~
海の近くの小さな町に、バーがあった。
小さな町といってもそこそこの住人はいたし、
きれいな浜辺目当てのお客さんが、1年を通じてやってきた。
しかしバーは暇だった。
夏になって、浜辺が人で溢れかえった夜も…バーの入り口の扉が、
開くことはほとんどなかった。
バーのマスターは、どうしたもんだろう…と考えた。
幸い、考える時間はいくらでもあった。
毎日、朝から晩まで、寝る間も惜しんで考えた。
…そしてひらめいた。
翌日から、裏庭の小屋にこもって…朝から晩まで、
トンテンカンテン何かを作り始めた。
毎日、毎日、トンテンカンテン、幸い、時間はいくらでもあった。
夏が終ろうとするある日、マスターは小屋から出てきて言った。
「できたぞ!」それは、女性のロボットだった。
マスターは手先がとても器用だったから、ロボットは驚くほど精巧に作られていた。
ロボットは実際よくできていた。
人工的なものだから、いくらでも美人にはできたのだが、あえて手を加えた。
完璧な美人などというものはつまらないからだ。
理想と思われる鼻は、少し低く、目はぱっちりなんだけど、
少したれ目に…という具合だ。
しかし頭は空っぽだった。
マスターもそこまでは手が回らない。
簡単な受け答えができるだけだし、動作の方もお酒が飲めるだけだった。
ロボットはカウンターに置かれた。ボロを出しては困るからだ。
何日かして、はじめてお客さんが彼女の隣に座った。
「名前は」
「ナナちゃん」
「歳は」
「まだ若いのよ」
「いくつなんだい」
「まだ若いのよ」
「だからさ…」
「まだ若いのよ」
「いい声だね」
「いい声でしょ」
「また聞きたくなる声だ」
「また聞きに来てね」
マスターはカウンターの中でほくそ笑んだ…声は特に苦労したんだ。
高い声はダメ、少し低く、どこか寂しげで、耳をくすぐる感じに。
「可愛いね」
「可愛いでしょ」
「よく言われるんだろ」
「よく言われるわ」
「ワイン飲むかい」
「ワイン飲むわ」
「ボトルで頼むかい」
「ボトルで頼むわ」
お酒はいくらでも飲んだ。
ナナちゃんが口にしたお酒は、ナナちゃんのお尻から出た管を通って、
カウンターの中の樽に溜まる仕組みになっていた。
「お客の中で誰が好きなんだい」
「誰が好きかしら」
「僕が好きかい」
「あなたが好きだわ」
ナナちゃんの噂は、あっという間に広がった。
美人は美人なんだけど、つんとしていなくて、
余計なお世辞はいわない。
素直で優しくて、何より飲んでも乱れない。
町の男性はもちろん、浜辺に来ていた観光客もナナちゃん目当てにバーにやって来た。
…その中にひとりの青年がいた。
「ナナって呼んでいいかい」
「ナナって呼んでいいわ」
「ほんとはイヤなんだろ」
「ええイヤよ」
「僕と付き合ってくれないか」
「あなたと付き合うわ」
「…ほ…ほんとかい」
「ほんとよ」
「からかってるんだろ」
「からかってるわ」
青年は、毎晩通ってきた。
カウンターに他のお客がいる時は、
ナナちゃんの隣が空くまでずうっと待っていた。
秋が終り冬になった。それでも、青年は毎晩やって来た。
「ナナちゃん。クリスマスはデートしようね」
「デートするわ」
「約束だよ」
「約束よ」
クリスマスの日、もちろんナナちゃんは行けなかった。
マスターは、青年の誘いをカウンター越しに聞いていた。
マスターはつぶやいた…仕方ないさ。
その夜、青年はやって来た。
「…ずっと待ってたんだ」
「ずっと待ってたの」
「初めから来る気なんてなかったんだろ」
「ええなかったわ」
「もうここには来ないから」
「もう来ないのね」
「悲しいかい」
「悲しいわ」
「うそつき」
「うそつきよ」
「ナナほど冷たいオンナはいないね」
「私ほど冷たいオンナはいないわ」
青年は大きくため息をついた。
「殺してやろうか」
「殺してちょうだい」
青年はポケットから薬の入った小瓶を取り出し、
ナナちゃんのグラスの中に垂らした。
「飲めよ」
「飲むわ」
…青年の目の前でナナちゃんはグラスの酒を飲み干した。
「勝手に死ぬがいいさ」
青年はコートの襟を立て帰っていった。
テーブルで他のお客さんの相手をしていたマスターは、
青年の出て行った扉に向かって言った。
「やれやれ、やっと帰ったか。
だいぶん思いつめていたようだけど、何事もなくよかった」
今夜もバーは満員だった。ラジオからはクリスマスソングが流れていた。
「みなさん!メリークリスマス!今宵は私がおごります。心ゆくまで楽しんでください」
「わ~い」
お客さんたちから歓声があがった。
マスターはカウンターの下からお酒の入った樽を持ち上げながらつぶやいた。
「なぁに…おごるといってもね…これだけどね」
その夜、バーは遅くまで灯りがついていた。
誰ひとり帰りもしないのに、話し声もなく静かだった。
そのうちラジオも「おやすみなさい」と言って静かになった。
「おやすみなさい」 ナナちゃんはそう応えて、次は誰が話しかけてくれるのかしら…と待っていた。
◆◆◆ 「ほしのはじまり~決定版星新一ショートショート~」 編:新井素子/角川書店 ◆◆◆
音楽でも絵画でも、映像でも写真でも、世に出て何十年も経つのに、その魅力がまったく色あせない
というのは…やはり天才の仕業だからでしょう。
僕は小学校6年生の夏休みに、「お-い でてこーい」を読んで読書感想文を書いた。
それは、推奨された課題図書が、長ったらしく退屈な本であったことへの皮肉だったと記憶している。
なぜそんなことを覚えているかと言うと、その僕の感想文は県で「なんやら賞」をもらったからで、その表彰式の壇上で「なぜ星新一を…」 と聞かれ 正直に応えたら…あとで付き添いで来た母親に思いっきり叱られた。感想文の内容はまったく忘れたが、この思いっきり叱られた記憶だけは、今でも覚えている。損な記憶である。
長い小説というのは、時にはやっかいで、初めからつまらなけば、止めてしまえるのだが、面白くなりそうだ…なんて感じだったりすると、なんだかんだで読んでしまい…挙げ句にラストまでつまらないと…ひどく損をした気分になる。
その点、星新一のショートショートはよい。ひとつひとつが短いからではなく、ひとつひとつが面白いからだ。そんな作品の中でも選ばれた54作品が本著には収められている。
「星新一…あぁ昔読んだな」という人も、「ショートショートは筒井康隆だろ」なんて人も、ぜひ読んで欲しい。これからの夜長にぴったりです。
日差しの強さは変わりませんが、今日から風が変わりましたね。…秋の気配。
バーでひとり、アエラモルトのロックなんて飲みながらなんてのもありです…隣に座った美女には目もくれずに。
海の近くの小さな町に、バーがあった。
小さな町といってもそこそこの住人はいたし、
きれいな浜辺目当てのお客さんが、1年を通じてやってきた。
しかしバーは暇だった。
夏になって、浜辺が人で溢れかえった夜も…バーの入り口の扉が、
開くことはほとんどなかった。
バーのマスターは、どうしたもんだろう…と考えた。
幸い、考える時間はいくらでもあった。
毎日、朝から晩まで、寝る間も惜しんで考えた。
…そしてひらめいた。
翌日から、裏庭の小屋にこもって…朝から晩まで、
トンテンカンテン何かを作り始めた。
毎日、毎日、トンテンカンテン、幸い、時間はいくらでもあった。
夏が終ろうとするある日、マスターは小屋から出てきて言った。
「できたぞ!」それは、女性のロボットだった。
マスターは手先がとても器用だったから、ロボットは驚くほど精巧に作られていた。
ロボットは実際よくできていた。
人工的なものだから、いくらでも美人にはできたのだが、あえて手を加えた。
完璧な美人などというものはつまらないからだ。
理想と思われる鼻は、少し低く、目はぱっちりなんだけど、
少したれ目に…という具合だ。
しかし頭は空っぽだった。
マスターもそこまでは手が回らない。
簡単な受け答えができるだけだし、動作の方もお酒が飲めるだけだった。
ロボットはカウンターに置かれた。ボロを出しては困るからだ。
何日かして、はじめてお客さんが彼女の隣に座った。
「名前は」
「ナナちゃん」
「歳は」
「まだ若いのよ」
「いくつなんだい」
「まだ若いのよ」
「だからさ…」
「まだ若いのよ」
「いい声だね」
「いい声でしょ」
「また聞きたくなる声だ」
「また聞きに来てね」
マスターはカウンターの中でほくそ笑んだ…声は特に苦労したんだ。
高い声はダメ、少し低く、どこか寂しげで、耳をくすぐる感じに。
「可愛いね」
「可愛いでしょ」
「よく言われるんだろ」
「よく言われるわ」
「ワイン飲むかい」
「ワイン飲むわ」
「ボトルで頼むかい」
「ボトルで頼むわ」
お酒はいくらでも飲んだ。
ナナちゃんが口にしたお酒は、ナナちゃんのお尻から出た管を通って、
カウンターの中の樽に溜まる仕組みになっていた。
「お客の中で誰が好きなんだい」
「誰が好きかしら」
「僕が好きかい」
「あなたが好きだわ」
ナナちゃんの噂は、あっという間に広がった。
美人は美人なんだけど、つんとしていなくて、
余計なお世辞はいわない。
素直で優しくて、何より飲んでも乱れない。
町の男性はもちろん、浜辺に来ていた観光客もナナちゃん目当てにバーにやって来た。
…その中にひとりの青年がいた。
「ナナって呼んでいいかい」
「ナナって呼んでいいわ」
「ほんとはイヤなんだろ」
「ええイヤよ」
「僕と付き合ってくれないか」
「あなたと付き合うわ」
「…ほ…ほんとかい」
「ほんとよ」
「からかってるんだろ」
「からかってるわ」
青年は、毎晩通ってきた。
カウンターに他のお客がいる時は、
ナナちゃんの隣が空くまでずうっと待っていた。
秋が終り冬になった。それでも、青年は毎晩やって来た。
「ナナちゃん。クリスマスはデートしようね」
「デートするわ」
「約束だよ」
「約束よ」
クリスマスの日、もちろんナナちゃんは行けなかった。
マスターは、青年の誘いをカウンター越しに聞いていた。
マスターはつぶやいた…仕方ないさ。
その夜、青年はやって来た。
「…ずっと待ってたんだ」
「ずっと待ってたの」
「初めから来る気なんてなかったんだろ」
「ええなかったわ」
「もうここには来ないから」
「もう来ないのね」
「悲しいかい」
「悲しいわ」
「うそつき」
「うそつきよ」
「ナナほど冷たいオンナはいないね」
「私ほど冷たいオンナはいないわ」
青年は大きくため息をついた。
「殺してやろうか」
「殺してちょうだい」
青年はポケットから薬の入った小瓶を取り出し、
ナナちゃんのグラスの中に垂らした。
「飲めよ」
「飲むわ」
…青年の目の前でナナちゃんはグラスの酒を飲み干した。
「勝手に死ぬがいいさ」
青年はコートの襟を立て帰っていった。
テーブルで他のお客さんの相手をしていたマスターは、
青年の出て行った扉に向かって言った。
「やれやれ、やっと帰ったか。
だいぶん思いつめていたようだけど、何事もなくよかった」
今夜もバーは満員だった。ラジオからはクリスマスソングが流れていた。
「みなさん!メリークリスマス!今宵は私がおごります。心ゆくまで楽しんでください」
「わ~い」
お客さんたちから歓声があがった。
マスターはカウンターの下からお酒の入った樽を持ち上げながらつぶやいた。
「なぁに…おごるといってもね…これだけどね」
その夜、バーは遅くまで灯りがついていた。
誰ひとり帰りもしないのに、話し声もなく静かだった。
そのうちラジオも「おやすみなさい」と言って静かになった。
「おやすみなさい」 ナナちゃんはそう応えて、次は誰が話しかけてくれるのかしら…と待っていた。
◆◆◆ 「ほしのはじまり~決定版星新一ショートショート~」 編:新井素子/角川書店 ◆◆◆
音楽でも絵画でも、映像でも写真でも、世に出て何十年も経つのに、その魅力がまったく色あせない
というのは…やはり天才の仕業だからでしょう。
僕は小学校6年生の夏休みに、「お-い でてこーい」を読んで読書感想文を書いた。
それは、推奨された課題図書が、長ったらしく退屈な本であったことへの皮肉だったと記憶している。
なぜそんなことを覚えているかと言うと、その僕の感想文は県で「なんやら賞」をもらったからで、その表彰式の壇上で「なぜ星新一を…」 と聞かれ 正直に応えたら…あとで付き添いで来た母親に思いっきり叱られた。感想文の内容はまったく忘れたが、この思いっきり叱られた記憶だけは、今でも覚えている。損な記憶である。
長い小説というのは、時にはやっかいで、初めからつまらなけば、止めてしまえるのだが、面白くなりそうだ…なんて感じだったりすると、なんだかんだで読んでしまい…挙げ句にラストまでつまらないと…ひどく損をした気分になる。
その点、星新一のショートショートはよい。ひとつひとつが短いからではなく、ひとつひとつが面白いからだ。そんな作品の中でも選ばれた54作品が本著には収められている。
「星新一…あぁ昔読んだな」という人も、「ショートショートは筒井康隆だろ」なんて人も、ぜひ読んで欲しい。これからの夜長にぴったりです。
日差しの強さは変わりませんが、今日から風が変わりましたね。…秋の気配。
バーでひとり、アエラモルトのロックなんて飲みながらなんてのもありです…隣に座った美女には目もくれずに。
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